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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)22号 判決 1994年4月19日

上告人

甲野春子

被上告人

東京国税局長鏡味徳房

右指定代理人

加藤正一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

一  国税通則法五七条による充当は、納税者に還付すべき還付金又は国税に係る過誤納金(以下「還付金等」という。)を、還付に代えて、同一納税者の納付すべき国税に充当する行為であって、その効果は、充当に適することとなった時にその還付金等に相当する額の国税の納付があったものとみなされるものであるから、その機能の面では、債権の一般的清算方法として民法に規定される相殺と異なるところはない。しかしながら、国税の納付・徴収や還付は、多数の納税者との間で大量に発生する事務であり、所管を異にする各種反対債権が想定されることから、これらの反対債権との間の相殺を自由に認めるならば、納税事務に混乱を生じさせるばかりでなく、納税者にも不測の不利益を与えかねない。そのため、同法は、一二二条において、国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとの間又は還付金等に係る債権と国に対する債務で金銭の給付を目的とするものとの間での相殺を原則として禁止することとしたが、一方で、なお実際上の便宜と事務処理の確実性及び迅速性の要請に配慮し、五七条において、同条一項所定の場合に限って、国税局長等は充当をしなければならないとしている。すなわち、右のような観点から、国税局長等のみに充当をするのに適する状態の有無、充当の順序等を判断して一方的に充当をすることを義務付けているのであり、充当をしたときは、同条三項により、その旨を相手方に通知しなければならないとしているのである。以上のような法規の定めやその趣旨等からすると、充当は、国税局長等が、行政機関としての立場から法定の要件の下に一方的に行う行為であって、それによって国民の法律上の地位に直接影響を及ぼすものというべきであり、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である(最高裁平成四年(行ツ)第一八三号同五年一〇月八日第二小法廷判決・裁判集民事一七〇号登載予定参照)。

なお、納税者において、充当の前提とされた納付すべき国税の根拠となっている課税処分に不服がある場合には、充当が行政処分に当たるか否かにかかわらず、一般的には、当該課税処分自体の取消しを求めなければ、これを前提とする充当の効力を覆すことはできないのであるから、納税者は、結局、当該課税処分に対する抗告訴訟を提起せざるを得ない。また、充当の対象となった納付すべき国税が不存在の場合、又はその根拠となった課税処分が無効であるか若しくは取り消された場合には、充当により還付金等に係る債権が国税の額に相当する額の範囲で消滅するという効果は生じていないと解されるから、納税者は、抗告訴訟により充当の取消しを求めるまでもなく、国に対する還付金等請求訴訟において前記の事由を主張し、充当の効力が発生していないことを前提として還付金等を請求することができるものというべきである。したがって、充当が行政処分に当たると解することが、権利救済の面で納税者に不利益を与えるものとはいえない。

二  以上のとおり、国税通則法五七条による充当は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものというべきところ、原判決は、右と異なり、これが行政処分に当たらないと判断して、本件充当の取消しを求める請求を棄却した第一審判決を取り消した上、本件訴えを不適法として却下したのであって、原判決には、この点で法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

しかしながら、本件記録に現れた証拠関係及び訴訟経過に照らせば、本件充当の対象となった還付すべき過納金額の根拠となる更正処分が無効なものとは認められず、上告人の請求は理由がないことが明らかである。そうすると、本件請求は棄却を免れないところであるが、不利益変更禁止の原則により、上告を棄却するにとどめるほかなく、結局、原判決の前示違法は、結論に影響を及ぼすことはないといわなければならない。

所論は、違憲をいう部分も含め、右違法をいうものにすぎないから、論旨は、結局、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告人の上告理由

一、原判決の理由とそれに対する反論

1、原判決は、還付金の充当処分を処分性のないものと認定しているが、国税通則法五七条は処分性があることを明記している。処分性があるから上告人は審査請求、提訴と適正な手続きを経てその取消しを求めているのであるから、却下処分は違法である。

2、原判決は、還付金を過納金と誤納金にわけているが、わけること自体無意味である。

通則法は還付金を過誤納金として処理している様に、還付金が過納金、又は誤納金であろうと処分性があるものとしているから、不服申立てできる処分であるということが重要であって、誤納金が直ちに出訴できるものとしていて、国税通則法七七条の期間内に充当に対する不服申立てをしなければ請求権を失うこととなってそのような結果を相当ということはできないから充当を処分と解することを相当でないとしている点については、還付金返還請求訴訟を提起しないですむように、国税通則法は不服申立てできる処分としているのであるから、過納金、誤納金という分類をせずに還付金としてその処分の違法を問えばよいのである。

3、原判決が、充当の当否を争うためには、その課税処分をも争う場合が多いと述べているとおり、課税処分が無効であれば充当処分も無効であるから、充当処分の前提となっている課税処分の適否は審査されるべきである。又、充当の性質が処分ではない以上充当そのものについての審査請求を認めることはできない(例えば、更正処分をするまでもなく、未納の国税債権が全くないのに誤った充当がされたときは、課税処分等に対する不服申立てについての期間の制限にかかわらず、還付金の請求をすることができると考えられるので以上のように解しても納税者に不利益はない。)と述べているが、未納の国税債権があるかないかは課税処分の適否と同じように、審理をしてみなければすぐにわかるものではないから右の見解は失当である。

4、原判決は、充当を課税処分を争う趣旨のものとして解しうるときは、適法であるが、充当そのものを対象とするときは不適法であると述べているが、被上告人は昭和六二年分の還付金を昭和六三年分更正処分による所得税額に充当し、一部取消しをして還付金を充当したものであって、課税処分の違法とは別に、還付金の充当処分自体の違法があるから失当である。

二、最高裁昭和六三年二月一九日第二小法廷判決(税務事例二〇巻五号一六頁)は、国税通則法五七条に基づく充当処分の適否が争われた事案に関し、右充当処分は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとしているから、本件国税還付金を本件滞納国税に充当した処分は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)に当たるので、原判決が充当自体の処分を争うことはできないとして却下の判決をするのは右最高裁判例に違反するものである。

三、還付金の充当が処分でないとするならば、適法に不服申立てをしてきた上告人は民法一条二項の違反により憲法三二条及び同法八四条に規定されている権利を侵害されることになる。

四、総括

1、右一、の1ないし4は民事訴訟法三九五条一項六号の絶対的上告理由にあたる。(判決に理由を附してはいるが、理由に齟齬がある。)

2、右二及び三は民事訴訟法三九四条の上告理由にあたる。

五、因って、四、1、及び2を適用して原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求める。

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